上の子6歳10か月、下の子4歳4か月。

自分の心的エネルギーが少なくて物事にネガティヴな思いしか浮かばなかったり、はっきりとした心配事がなくてもなんとはなくうつうつとしているときは、どうもスマホの作業系ゲームをしてしまう。最近知ったのは、テトリスには癒し効果があるということがあるということが認められているようで、それを知ってからは作業系ゲームへの耽溺を否定的に捉えないようにしている。目を左右に動かしながらトラウマの原因となったことを思い出すEMDRという心理療法があるが、適度に他のことに気を取られている状態で嫌なことを思い出すのは、記憶に慣れさせて感情的な反応を軽減させる効果があるらしい。

最近は、睡眠をデエビゴに頼るようになり、だいぶ楽になった。放っておけば睡眠サイクルは後ろに倒れたり、早く起きようという意識が強すぎると中途覚醒になる。基礎実験ではデエビゴは脳によさそうな結果が出ているし、睡眠をしっかりとるのはメンタルによい。

趣味としては、最近、Duolingoでチェス・フランス語・スペイン語・ロシア語・ドイツ語・中国語をやっているのと、英会話の練習としてSpeakをやっている。各言語については種類が多く、1日1レッスンほどしかやってない。ほんの少ししかは進められないが、実用というよりも各言語の雰囲気がわかればよいので満足している。大学でスペイン語を履修していたし、スペイン語やフランス語は近い言語なので、スペイン語とフランス語だけならなんとなく文章が読めるぐらいにはなりそうである。Speakはフリートークをしている。あまりAI側が話を広げてくれず、一つのトピックについて掘り下げ続けるので、そんなにそのトピックに興味ないかなとなる傾向はあるが、人間ではないので好きなように話せるのは気楽である。

子どもは上の息子が6歳10か月、下の娘が4歳4か月。上の息子は、小学校の授業を集中してきくのが難しく、本を傍らに置くのが許可されているので(本を読んでいる方がかえって授業に集中できるようだ)、本を読む能力がより高くなった。前はゲームや動画の視聴をやめさせるのが相当難しかったが、最近は代わりに本を読むことでデジタルデバイスの中止を受け入れられているようだ。科学的なこと(特に人体)や怖いこと(妖怪や危険生物など)に興味をもっており、豆知識的なことが絵を多用してユーモラスに説明されている本を好むようだ。
小学校の授業はつまらないと言っている。小学校の第一の目的は集団行動を学ぶことであり、特に小学校1年生のときは読み書きよりも集団行動の方が大事との隠された目的があるのだが、そのためにすでに知っていることをおとなしく聞けというのはなかなか合理的な説明が難しいような気もする。また、授業がつまらなく感じること自体も本人の個性であるので、まぁ難しいところではある。自分に合わない授業を聞くのは集団行動の練習ではあるが、合わせられないのは単に教育する側のリソースが個別教育には十分ではないからという問題であったりするので。
かんしゃくを起こすなど気分のコントロールが難しい面もあるが、気持ちのいなし方を学んだり脳が成熟したりするうちに、減ることを期待したい。小学校との話し合いでは、新規なことをやる際はなるべく事前説明するように、事前説明が難しい場合はあとで説明するということを告げておくようにとの方針になった。本人が二次障害的にならないまま、問題が発展的に解決するとよいと思っている。
全体として、気分の切り替えが難しいことに難渋している。こちらの時間があるときはいいが、なかなか学校や学童に行ってくれない。

学童は、本人はつまらないともいうが、大きく不満はなく過ごしているようだ。その時の気分で人と遊んだり、本を読んだり、近くにあるものをいじったりしている。プールの後は、疲れて眠くなって、毎回寝ている。公文は面倒くさい、疲れたと行きたがらないときもあるが、行くときは真面目にやっている。

下の子は、最近ますますおしゃまに、言葉が達者になってきている。前から親に命令することは多かったのだが、以前は単に子供らしく命令するだけだったのに比べて、いまはどこで学んだのかおばさんのような口ぶりでああしろこうしろという。特に、「〇〇ってことね?いい?」と、下の子が決めたルールに従わせることが多い。お風呂では、魚のおもちゃを顔にこすってメイクのふりをするなど、なぞの見立て遊びをしてなかなか出てこれない。

学習のスタイルが、下の子と上の子では違うように感じる。上の子は、まずひらがなに興味を持ち、その後、Youtubeの字幕を見て漢字を覚えた。「あのー」と言いながら適切な表現を探っているようにみえる。下の子は、ひらがなはまだ読めず、文章をみると『「〇〇〇」って書いてある』と適当なことを言う。上の子は、完璧主義なため、自分の思い描くものと自分の絵の完成度に差ができてしまい、絵がかけない。回答がないものに取り組むのに自信がないように見える。下の子は、頭のとんがった謎のキャラクターをそこらに書いている。合皮ばりの椅子やソファには、彼女の描いたキャラクタ―が散在している。

下の子に比べて、上の子は公的教育が想定している子供の枠にうまくあてはまっていなくて苦労しているようにみえる。うまく彼が楽しくやっていける道をみつけたい。

Fighting constipation

I started taking Bifidobacteria and Butyrate-producing bacteria to resolve my constipation. According to the researchers, those bacteria help each other in the bowel by taking both at the same time.
I am fond of my elderly son's curiosity about the world around him. He always tries to find rules behind things and is eager to learn. He goes to Kumon school now. To learn to write Hiragana properly, he has to repeat the same page of the textbook. Although he often says he is bored doing the same task repeatedly, he always completes the assigned task and never says he wants to quit Kumon. He takes pride in learning something academic. Lately, he started Duolingo, an application for learning foreign languages. I installed it in the hope that he would learn English; however, he mainly plays chess with it. Learning English on his own with the application is a little too difficult for him because it requires spelling. He does not know phonics yet. He is still trying to complete English lessons with my help, though.
He has learned to control himself as he gets older, but he is still young, and I see him overwhelmed by the impulse and capriciousness.
The younger daughter knows how to enjoy life. She never gets bored. She likes pretend play and getting adults involved.

Why I started writing a diary in English

Although I have recognized that writing a diary in English is an effective way to improve my English, I have not felt motivated to do so. Firstly, I did not want to be seen as a wannabe intellectual. Secondly, I found it difficult to accept the gap between what I could write in English and what I truly wanted to express. Thirdly, I lacked the energy and persistence to keep a diary. At one point, I tried to overcome these barriers by writing on Lang-8, a community where native speakers correct diaries written by non-natives. However, I stopped because I did not appreciate receiving low-quality corrections from unskilled native speakers.
However, conditions have changed over the past few years. The laboratory boss expects me to be proficient in English. I am better at English than most Japanese people my age; however, I know there are many people who are better than I am. Among my English abilities, the worst is speaking. It takes me a while to switch my speaking mood from Japanese to English. When I speak English while my brain is still in Japanese mode, I tend to be overly conscious of the words I use (I speak English better when I am drunk, actually.)
I also feel that I should be a better English speaker to engage in academic discussions with researchers from abroad. (This should be the main purpose; it is funny that priority is reversed.)
Thanks to Audible English books, which I kept listening to as background music while doing house chores, my English slowly improved, and now I do not feel a great discrepancy between what I write in English and what I feel. The Grammarly correction tool is a good companion. It does not get too intrusive when it corrects my sentence.
My life stage has changed. For years, I was busy with tasks I had to do and had little choice in the matter. I did what was required and enjoyed it. Now, even with limited free time, I realize I must pause and consider what I truly want to achieve, rather than just accept tasks I don't care about.
My children are growing up quickly, so I need to keep track of them. As they reach certain ages, there's little room for further growth. Their rapid development is amazing, and their former selves are easily forgotten.
For all these reasons, I have restarted writing a diary in English. I hope this habit will last.
 
 

 

Difference in Personality

My son, age 6 and a half, and my daughter, age 3 years and nine months, both crave stimulation but approach it differently, revealing contrasting needs for engagement.
Both my son and daughter seek stimulation, but their ways of engaging with the world differ. My daughter enjoys pretend play, observing her surroundings, and inventing new uses for everyday items—always involving adults. She is either joyful, crying when her brother bothers her, or irritated from sleepiness. Very sociable, she embodies toddler cuteness: inarticulate speech, clumsy movements, pink cheeks, and curly hair attract people.
My son demands meaningful stimuli and dislikes playing without an obvious goal, such as LEGO. He prefers playing with older children, enjoys acquiring new knowledge, and uncovering rules. He learns kanji from YouTube subtitles and is interested in the human body and the universe, and especially enjoys 'Important Lessons for Kids' and lift-the-flap picture books.
The downside of his tendency toward meaningfulness is his low tolerance for the ordinary routine of life, which makes kindergarten feel boring to him. I recall my own elementary school experience as repetitive and tedious, which raises concerns that he may face similar boredom. Although there have been changes in education to support diversity, overcrowded classrooms and limited teacher attention can mean students must follow strict rules, potentially stifling those who crave more engagement. I worry the standard curriculum may not meet his need for meaningful challenge, and I hope he can find ways to engage and learn without becoming too bored at school.
 

 

上の男の子6歳1ヶ月、下の女の子3歳6ヶ月。

上の子は出不精で、出かけようというといつもニンテンドースイッチや動画を家の中でしたがる。または、最寄りの駅まで歩きたがらず、自転車の後部座席でゲームをして過ごしたがったりする。

しかし、家の中にいると、子供たちのエネルギーがすごすぎて耐えられないような気がするし、自転車で行ける範囲のところは最近訪れたばかりで自分が飽きている。結局出かけたら、外出を楽しむことも多いのだが、この前は自転車でなく徒歩であったことに癇癪を起こして、なかなか収まらなかった。スイッチをやってもらったら少し気が収まったようではあるけれど。

「なんとなく落ち着かない感じ、イライラした感じ」は漢方でよくなるのだが、一度癇癪を起こすと、漢方でも解決は難しい。脳が成熟することで変わってくるだろうか。

上の子は、粉薬を飲んだり、鼻汁を吸入したりなど、医学的処置を信奉して従ってくれるのは偉い。口の中が痛いだの、背中が痒いだのの不調は積極的に申告して、自分から薬を使うようにせがんでくる。定期接種のワクチンにはひどい抵抗を示したので、働く細胞の薬・ワクチン版の図鑑を買ったら、よく読んでくれて、B型肝炎だの、日本脳炎だの、アセトアミノフェンだの、病名や薬名を覚えた。注射はいまだに嫌だと言っているけれど。

悪い夢を見るのが嫌だといっていたので、ドリームキャッチャーを買って飾ったところ、やや安心したようであった。一時期夜驚症があったものの、抑肝散を飲むようになってからは悪い夢は収まっているようなのだが、恐怖がのこっているのである。上の子は昔のことをよく覚えていて突然話に出すようなところがあり、昔の怖い夢の記憶を引きずっているのも記憶力の良さによるかもしれない。いまは保育園で怖い夢をみないか心配だと言っている。

Youtuberのゲーム配信も相変わらず好きだが(純然たるゲームというよりも、ロブロックスやマインクラフトでたあいない芝居をしたり演者同士がキャラクターを操ってわちゃわちゃしているようなのが好き)、おしり探偵やポケットモンスター、ちいかわのようなアニメも楽しめるようになってきた。Youtube配信は大人からすると子供騙しすぎるので、アニメがお茶の間で流せるのは助かる。ペンギンハイウェイのような、落ち着いたアニメも、慣れてくると観てくれるよう。

療育に行くようになってから、保育園への行き渋りはほとんどなくなってきた。保育園があまり面白くないのは変わらないのだが、短時間となったのでどうにか我慢してくれている。療育の課題には熱心に取り組んでいて、特に苦手であった微細運動(字を書くなど)も慣れてきているようだ。小学校に上がってから、字が書けないと(本質的には得意なはずの)国語や算数に苦手意識がついてしまっては困るので、ぜひ積極的に取り組める程度には上手くなってもらいたい。

見知らぬ人に接する時の作法として、いきなり自分の通っている保育園を伝えたり、唐突な質問をしたりすることがありびっくりするのだが、そもそもこのくらいの年の子は空気を読まぬものであり、失礼な振る舞いというわけではないので変えさせるべきなのかがわからない。今のところ知らない人と接する機会が多くはないので、自己紹介の場数を踏むと違ってくるのかもしれない。

下の子は、ともかく楽しそうにしている。上の子と喧嘩をしたり、眠くてわけがわからなかったりで泣くこともあるけれど、あまり引きづらない。家にいるときは、動画を見ているか、親を巻き込んで遊んでいる。親との遊びは、既存のゲームをするというよりも、自分のしたいことに親を協力させることが多い。今日は、持ち手のついたバウンスボールを使って布団の上で飛び跳ねて、親に応援や終わったあとの拍手を指示していた。レゴなどを使った見立て遊びも好きだ。

特にジャンプが大好きで’、(痛くて迷惑なのだが)髪を掴んで親の膝の上でジャンプしたり、外出してソファや柔らかい椅子をみつけたら都度ジャンプしたりしている。

保育園ではオムツフリー生活ができているのだが、なかなか家では完全にオムツから離れられない。特に、洋式トイレでうんちを出そうといきむのが難しいようだ。おむつのまま、立って中腰でいきむことに慣れてしまっているようである。本当は和式の方が簡単なのかもしれないけれど、今のマンションは洋式なので、どうすればよいか。

上の子は服に対するこだわりはほぼないようだが、下の子は自分で好きな服を選んでくることがある。トップスに関しては、スパンコールがついた服が好きなようだ。

第二次性徴の前でも性別による差は大きく、下の子は上の子に比べてふにゃっとしている。抱っこした時の力や柔らかさが全然違うし、肌の柔らかさや皮下組織の張りも違う気がする。また、ほおから喉にかけての感触が極上だ。上の子はほおがすっきりしているのだが、下の子はほおがふっくらとしてやや垂れているのが、なおさら触り心地をよくしている。

下の子は、顔立ちは上まぶたが腫れぼったかったり、ほおが垂れていたり、鼻筋ががっちりしていたり、胸郭が分厚く筋肉でがっしりしたりと、要素要素を見ると華奢で可愛いという感じではない(たくましさは養育する側からすると不安が軽減するので好しい)のだが、声のトーンや動きの辿々しさはなんともいえず可愛く、道行く人からも可愛いと声をかけられる。今のかわいさがいつまで続くのか、ずっとこのかわいさでは困ると思いつつも寂しくもある。

上の子5歳9か月男子、下の子3歳3か月女子。

上の子5歳9か月男子、下の子3歳3か月女子。

上の子は、療育に通うようになり、落ち着いたように見える。知的にも運動面でも遅れは全くなく、そもそも明らかに頭はいい。漢字など、目にする片端から読めるようになっているし、二桁+一桁の計算ぐらいならできる。
しかし、ともかく落ち着きがなくじっとしていられないのが問題であった。ルールを示せば比較的守ることもできるけれど、頭ごなしに指示されたときに従うのが難しいのが困っていた。園はよいにしても、学校の授業でじっと座り続けているイメージが持てない。また、自分自身が小学校の授業に退屈しきっていたこともあり、(ちなみに中高がそこまで面白かったわけでもない)、あまり退屈してばかりで過ごしてほしくない、なにかよい過ごし方を見つけてほしいとも思う。
ともかく、児童精神科の予約をとって、多動症の診断をもらってきた。
療育では、理科の実験をしたり、Wii sportsをしたり、変わったルールのゲームをしたりしている。ともかく、保育園では刺激と大人とのコミュニケーションが足りなかったのではないかという気がする。また、時々大声を出したり、知らない人に過度に人懐っこくしてしまうこともあるけれど、優しいやり方で注意してもらえるのが助かっている。放任でやりたい放題も困るが、「自分は空気が読めないらしい」的な変なコンプレックスを持って萎縮してもらいたくもない。
最近は、療育で、「情熱の赤、恋のピンク」と叫びながら風鈴に赤色とピンクで絵付けをして、短冊にはキラキラシールを何枚かはって「スタイリッシュだね」と喜んでいたようだ。背伸びした言葉を喜々として使っているのがかわいらしい。
最近は、園にいる時間が比較的短いためか、毎日の登園の園からの逃走劇もなくなった。ゲームをしたいという理由で、園から早く帰りたがるのは変わらないが、以前より落ち着いている。
ともかく、上の子は知的なものにしろ、物理的なものにしろ、刺激を強く求めているのだと思う。ゲームは悪とみなされがちだが、上の子の場合、「太鼓の達人」の歌の歌詞から言葉や漢字を学んだり、アクションゲームで戦略性を学んだりしているので、彼なりにものを学んでいる。ともするとショート動画やボタンを連打するだけのゲームのような、頭を使わずに強い刺激が得られる娯楽に流れてしまうが、より落ち着いて能動的に楽しめるような娯楽に誘導していきたい。

下の子は、一人で遊んだり、親を巻き込んだりして、楽しそうに遊んでいる。動画は好きなのだが、動画ばかりではない。お風呂でたらいにタオルを入れてラーメンに見立ててぐるぐる回したり、腰や胸にタオルを巻きつけさせたり、絵本を親に読み上げさせたり、能動的に楽しみを見つけている。彼女の指示にすぐに対応せず布団に寝転がっていたりすると、髪を引っ張ってたたき起こされるので、なかなか厳しい。上の子が親に無理を言うときには、「わがままを言っている」と自覚している感があるが、下の子は、命令しているという雰囲気である。
上の子は、フリースタイルで遊ぶのが苦手で、絵をかいたりするのを好まない(ペンで書くことに苦手意識があるのもあるが、タブレットで文字をなぞるのは自主的にやっているので、ゴールがないのが嫌いというのもある)のだが、下の子はペンでぐしゃぐしゃと線を書くのが好きである。当然、ソファもペンの跡で汚れる。
下の子は、普段大胆にふるまうわりに恥ずかしがりやのところがあるようで、自分の名前や年を聞かれるなど、自分に言及されると、「ぶしゃあ」といってごまかす。また、知らない人のところに出ると、初めのうちはわたしの後ろに隠れていたりする。
お風呂を出たときにおむつを履きたがらないことが二日連続したので、これを機におむつの卒業を試みている。トイレに行って、おむつをおろして、おしっこすることはもう何度もできているのである。あとは、トイレに行くタイミングと、やる気の問題である。おむつはすごく困るというほどではないが面倒くさいので早く卒業するに越したことはないのと、上の子と一緒にプールに入りたい。

最近、上の子も下の子も髪を切った。上の子はバリカンとアダプターを使って、全体を3cm程度に切ってみた。トップの方は、アダプタのつけ方を間違えて長さが不規則になったが、知らない人がぱっと見ではわからない程度である。切りに行くのが面倒くさくてさらさらヘアをおかっぱにしていたのが、急激に男の子らしくなった。下の子は、くるくるでなかなか長さが出ないのだが、ともかく前髪を短めにぱっつんにした。ぱっつん、割と似合っている。

 

 

上の子 5歳4ヶ月 下の子 2歳9ヶ月

正月に実家に帰って、従兄弟たちと交流したあと、下の子は言葉が伸びた。具体的には、いままで主に本人からこちらへの主張という一方向であったのに対して、双方向のコミュニケーションとなった。助詞や助動詞もバリエーションが増えてきて、発音がはっきりし言っていることがよくわかるようになった。

最近はイヤイヤ期に少し入ってきて、気に沿わない時の抵抗は強いが、何から何まで抵抗するという様子ではない。外に出るのは基本的に好きで、一度外に出るという気分になると「くつはく!はく!」と靴下を探しに行き、靴下をはくとすぐに玄関の方に出ていく。

自分で歯をみがいたり、服を着たりしたがったり、わたしや夫がいないときに泣くなど、自我の芽生えが顕著になってきている。しかし、まだまだ赤ちゃん感、小動物感は失われていない。動作のひとつひとつがたどたどしく、発音がやや不明瞭で、愛嬌がある。特に食べる時の口の様子は動物感があってかわいい。

風呂で服を脱ぐのは抵抗することが多く、「無理無理」「だだ(やだ)だだ」と叫んでいる。

下の子は、全体的に筋肉量が多く、特に太ももがとても充実しているのだが、抱きしめると上の子に比べてすごく柔らかい。皮膚や脂肪の押すと沈む感じとか、関節の柔らかさが違う感じがする。座るときは、いわゆる女の子座りをしていることが多い。上の子は地べたに座ることがあまりないので、柔軟性がまったく違うのだろうと思う。

服にこだわりがあり、我々が用意した服を却下して自分で服を選んできたりする。服の着方も年齢の割に結構うまい。

生まれたばかりのころはほおが下顎より垂れ下がっていたのだが、下顎が成長して相対的に頬が上がってきた。ほおはいつ触っても最高に触り心地がいい。下の子は上の子に比べて変顔が多く、物を食べている時もすごく顰めっ面をして、それがかわいい。比較的整った顔と崩れた顔を派手に行き来している。もっと成長したときはどうなるだろうか。整ってくるだろうか。

下の子は刺激に飢えているようで、授乳のときも、足を私の服に引っかけたりおもちゃを手に持ったりしている。

外に出るのは好きで、上の子は歩くのを面倒くさがることがあるが、下の子は道のディテールひとつひとつを楽しんでいる。自動車に比べて遠出はできないが、その分、行き帰りも心身の運動になるので、道路のタイルに絵が描かれていたり、街並みが変化したり、道の脇が少し凸凹していて平均台の上を歩くようにできたりするのは、子供の発達にとって大事なことなのだろうと思う。

前からパウパトロールの歌を歌っていたが、最近は「バスのタイヤ」の歌の替え歌を口ずさむことが多くなってきた。

上の子は、だんだん怒ったり、登園に抵抗したりすることが少なくなって、成長したと言われるようになってきた。単に脳が成長したのと、理屈がわかって先の見通しがつくようになってきたのが大きい。

下の子に食べ物をわけたり、下の子が置いてきぼりにならないようにしたり、下の子を気遣う場面も増えてきた。

それでも怒るときはままあって、「下の子が自分のものを食べたり、自分にとって邪魔なところにいたとき」「叱られたとき(毎回ではない)」「大人が『ズル』をしたとき(クイズに対して調べ物をして答えた時)」などに集中する。

上の子は、ひらがなカタカナはもちろん、一部の漢字も読める。ゲームの字幕にふりがながなくても、おおかた読んで先に進めているようだ。わからない漢字があるときも聞いてくる。最近は、カンデミーナというグミが商品の宣伝として作っているブラウザゲームにはまっている。動画の内容も細かいことをよく覚えていて、あれは何と聞いてくるのだが、大人がその場面をみていないといまいちわからないことも多い。

クリスマスのプレゼントは喜んでいたのだが、どこでいつプレゼントをもらったのか問い詰められた。サンタがいないことがバレる日も近いかもしれない。

最近は働く細胞が面白かったようだ。T細胞とか、黄色ブドウ球菌がどうとかとか、単語だけ聞くとやたら難しいことを言っている。ヒカキンの病気(好酸球性副鼻腔炎)のエピソードをみても、白血球が足りないんじゃないのとか言っていて、実世界とも繋がっているようだ。ちいかわも、見ようというと文句を言うのだが、見始めると興味を持って見ている。物語を摂取できて、ほかの世界に応用できているのはいいことだと思う。

集中力の割り振りが極端で、話しかけても全然答えず、耳に入っていないような時が多いし、服の着方もなんか雑で、その点は下の子とかなり違う。なかなかパンツの前後ろとか、どこから体を通すのとか、覚えない。注意が向いていない。

食べたいものとか、行きたいところとか聞くと、なんでもいいとか、○くんが好きなものとかいう。

外に歩いていこうというと、めんどくさいと文句を言うが、自分の自転車をこいで外出するのは楽しいようだ。かなり上手くなって、ゆっくりとこいだり、柱の間を八の字でこぐなどにも慣れてきている。しかし、その割にブレーキは苦手で、ずっと足で止まっている。キックバイクから入ったこともあるが、手の大きさや握力の問題がありそう。